現象の背後にある意図を推測する
図A-4のように、Xという人が要素(要因)α・βを操作することにより現象Aを引き起こしている様子を、人物Yが見ていたとします。そのとき、Yという人は、Xがα・βに働きかけた結果、現象Aが引き起こされたと明確に認識できると思います。つまり出来事・現象の因果関係・事実関係は、(あくまで人間の能力が及ぶ範囲においてではありますが)観察によって明確に把握できます。
一方、Xという人がどういう気持ち・意図でそのような行為を行ったのかを把握する場合、Yはどうしたらよいのでしょうか?
① Yは自らの経験(他の人から得た情報も含む(*))をもとに、Xの気持ちを推測します。この推測が正しいのかどうかY一人では確かめることができません。Yの見解に対し、多くの人の共感・同意が得られることにより、その見解がより広く認められていきます。
② Xとのコミュニケーションが可能な場合は、Xから直接話を聞けるかもしれません。しかし、そこでXの気持ちが正直に語られているのか、あるいは深層心理としてまた別の考えがあるのではないか、など疑問が抱かれる可能性もあります。Xから語られたものをそのまま受け取るのか、ある程度Y自身で解釈を加えるのかはY次第です。これも、Yの見解に対しより多くの人の共感・同意が得られれば、それがより広く認められていきます。
(*) Yは(心理学などの)科学的な試験などで得られたデータ、情報を用いることができるかもしれません。しかし、これらの科学的データは私たち人間という生物がかなりの程度共通する性質を持っているという前提があるからこそ利用できるものです。また、それらのデータはあくまで近似であり、一つ一つ異なるこの世界の出来事・現象を100%説明できるわけではありません。あくまでYがXの意図を推測する場合の1つの情報として用いられるにすぎません。ただ、それらのデータを用いることによりYの推測の精度を向上させることは可能でしょう。
このように、観察や調査などにより事実関係や因果関係を把握することと、それに関与した人物の意図について理解することとは、別の論理で行われる作業なのです。
Yの経験や共感の能力を駆使しての推測によって、Xの意図に関する見解が形づくられ、さらにそのYの見解に対するその他の人たちの共感、同意によって広く認められていくものなのです。ただし、100%正しいと断言できる答えにたどり着いたのかどうか確かめることも非常に難しいのです。Yの見解に対し、その他の人が同意しなかったとします。しかし実際はYの見解はXの真意に近かったのかもしれません。あるいはX自身、自分が何でそんなことをしたのかよく把握できないでいるかもしれません。現象Aを引き起こしたXの真意について世間一般でこうだと多くの人が考えていたとしても、Xは自分の気持ちなんか誰もわかってくれないと思っているかもしれません。
私たちが、身の周りで起こっている現象を観察し、そこに何らかの意図を感じるのは、あくまで感じる人自身の経験、あるいは生得的・経験的に獲得した共感の能力によるものなのです。そして、私たちがかなりの程度似かよった性質を持つ人間、という共通項を有しているからこそ、(100%正しいと思われる見解が得られるかどうかは別にして)これらの推測が成立しうるのです。
あくまで仮に、の話ですが、科学が進歩してこの宇宙における様々な要素の因果関係がかなりの程度明らかになったとします。新しい法則がたくさん発見され、宇宙に関する理解が深まっているでしょう。しかし、それでもその因果関係や法則が何を意味しているのかということは、その因果関係・法則それ自体からは当然わかりません。(ある特定の現象に対してある要素が関与している、というニュアンスで意味がある、と限定的に述べることはできます。この記事における3のケースのことです。)
結局のところ、この世界・宇宙にある要素、現象すべてに意味があると考える人はそれらの背後に何らかの意志を感じている、あるいは意志があると信じているということです。その意志を発生する源(例えば神様)が見えないのは、(科学の進歩も含め)人間の能力が足りないからだと言われれば反論のしようがありません。その一方で、そのような意志を発するものが実際に存在(?)するということを、論理的に証明するすべもありません。
そして、その「意志」というものを推測するのは、私たち人間です。結局、人間の経験・共感能力に頼るしかありません。しかもその相手が人間と共通した感情・欲望を有しているのかさえわかりません。意思を感じると思った人はそう言うでしょうし、感じないと思う人もいるでしょう。
いずれにせよ、宗教的な事柄に関しては、その人が信じるかどうかの問題、想像の問題であり、これが正しいのだとすべての人が納得する結論に至ることは不可能です。理屈で議論しても仕方のないことなのです。
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